春馬さんが『金八先生』オマージュ作を成功させ続けた事によって、福澤との対立が深まっていたことはわかりました。しかし、それだけで、春馬さん、竹内さんだけでなく、芦名星さん、藤木孝さん、赤い公園の津野米咲さんらまで、亡くなる必要があるのでしょうか。もっと深くて大きい何かがあるはずです。
熱心な平和運動家でもあった小山内さんは、第1シリーズ第16話の「入試十日前心得」の中に自分の思いを込めたと『さようなら私の金八先生』やインタビューで度々、紹介されていています。その中に事件の謎を解く鍵が隠されていると考えられます。
「入試十日前心得」
『金八先生』第1シリーズ第16話「入試十日前心得」では、入試直前でピリピリした、3年B組の生徒達を気分転換させるため、金八は授業の途中から課外授業と言って、校外に生徒達を連れ出します。学校を抜け出した金八と生徒達は夕暮れの街をねり歩きます。この時、当時流行していた永井龍雲さんの『道標ない旅』が挿入歌としてながれます。
「入試十日前心得」の演出の生野慈朗さんは、挿入歌を効果的に使った演出の名手でした。確かに、校舎に閉じこもっていた生徒達が、課外授業で外に出る様は、「閉ざされた部屋窓を開けてごらんよ」という『道標ない旅』の歌詞の世界とあっています。
その後も、知らない人とすれ違ったり、クラスメイトで妊娠中の雪乃(杉田かおる)と会ったりして、歌詞の世界が再現されます。ところが『道標ない旅』のサビに出て来る「大空」と「鳥達」が、画面の何処にも出てきません。見ていてこの事が少し気になります。
坂口安吾『ラムネ氏の話』
やがて、金八と生徒達は荒川の堤防へとたどり着きます。すると、金八は生徒達を土手に座らせて、受験勉強する事の意味について説諭を始めます。

まず、金八は「文化とは何か?」と言って、坂口安吾の『ラムネ氏の話』の中から「フグを食べた人の話」を始めます。その部分を、要約すると、フグを食べたいと思って、毒にあたった人が、何代にもわたって、なぜ毒に当たったのかを伝えてきたから、今私達はどこに毒があるか知っている。おかげで安心してフグを食べることが出来ると金八は説明します。そして、この例えから、文化は積み重ねなのだと説きます。
次に、ご先祖様のおかげで、自分達の今の幸せな生活があるだから、自分達の世代も次の世代のために人が幸せになる何か、人が幸せになるような事を残さねばと話します。それに続いて、将来、生徒達にどういう職業人になって欲しいかを、それぞれの職業について丁寧に説明します。
最後に小山内さんが『さようなら金八先生』の中で紹介している以下の台詞を話します。
そしてこの川の流れこんだ海の向こうでは、受験戦争どころか、ほんとの戦争で傷つき、肉親を失い、食べ物すらない、そんな少年少女がいることを、お前たちは忘れるな!そしてなぜそんなことが起こるのか、起きているのか、その事を理解できるような人間になってください。
金八がこの話しをしている途中で、アングルが地表のヘリコプターに乗せられたカメラに切り替わります。そして、空に飛び飛び立って、金八達を見下ろすアングルになって、旋回し、スタッフ紹介のエンドロールになり、この回が終了します。

永井龍雲『道標ない旅』
「入試十日前心得」のラストシーンは、ヘリコプターを使った大がかりな撮影ですから、何か意味が有るはずです。金八が最後に話す「この川の流れ込んだ海の向こう」を見せたいなら、河口に向かってのアングルになるはずです。しかし、カメラは金八達の方を向いているので、別の意味があります。
ここで、金八と生徒達が街中を歩いている時、流れていた『道標ない旅』のさびの歌詞を思い出します。
大空に群れなす 鳥達よ
君の声を 忘れるなよ
青春を 旅する若者よ
君が歩けば 道はできる
歌詞の「青春を旅する若者」は3年B組の生徒達として、画面に出て来ますが「大空に群れなす鳥達」は出てきません。そうすると、最後の離陸するヘリコプターからの撮影は、画面に出て来なかった鳥の視線です。
この鳥とはどんな鳥でしょう。金八が話した「フグを食べた人の話」は、1939年に坂口安吾が発表した『ラムネ氏の話』の一部です。『ラムネ氏の話』の冒頭には「ラムネはラムネ氏という人の名前に由来する」と詩人の三好達治が主張する部分があります。
その三好達治が、戦没学生を追悼した詩に『鴎』があります。三好は空を自由に舞う鴎に、躍動する戦没学生の魂を例えたと言われています。
『道標ない旅』の作者、永井龍雲さんの出身地、福岡県みやこ町と隣の築上町に敷地が跨がっているのが、滑走路が海に突き出た航空自衛隊築城基地です。
築城基地は戦時中は海軍築城飛行場で、戦争末期は特攻出撃地の一つとなり、多くの若者が特攻に飛び立っていきました。みやこ町出身の永井龍雲さんが作られた『道標ない旅』の鳥達も、特攻隊員となった戦没学生の魂と受け取って良いでしょう。
このように考えると小山内さんは、決して生きて帰る事の出来ない特攻隊員になって、自らの死をもって、先の戦争が過ちであった事を、私達に厳に教える特攻隊員の例えとして、フグを食べた人を使っている事がわかります。
「入試十日前心得」荒川土手の場面で、小山内さんは「尊い犠牲に感謝して、そのおかげで手に入れた日本国憲法を大事にして、日本をより平和で文化的な国にして、世界平和に貢献する大人になって欲しい」という事を伝えたかったと考えられます。
そして、飛び立つヘリコプターからの空撮を取り入れた、生野慈朗さんの演出の意図は、冬の夕暮れの寒空の下「尊い犠牲に感謝して、平和で文化的な社会を作って、世界平和に貢献する大人になれ」と説諭する教師と、それを真剣に受け止める生徒達のいることに、特攻隊員の魂が「自分達の犠牲は無駄ではなかった」と安心して、空高く舞い上がり、金八達を優しく見つめる様を表現する事だったと考えられます。
『ごくせん3』エンドロール
春馬さんが出演した『ごくせん3』第2話「腐ったミカンの方程式」をオマージュしていますが、そのエンドロールは「入試十日前心得」をオマージュしています。

『ごくせん3』のエンドロールでは、やんくみと生徒達が、土手の上の道を走った後、土手の斜面に座って夕暮れの空を見上げるのですが、これは夕暮れの荒川土手で鳥になった特攻隊員の魂を見上げた、金八と3年B組の生徒達へのオマージュです。
そして、この時流れている主題歌はAqua Timezの『虹』ですが、虹は平和の象徴です。つまり、このエンドロールは「尊い犠牲に感謝して、平和で文化的な社会を作る事に貢献する」という小山内さんが『金八先生』に込めた思いを、自分達は受け継いでいく」という『ごくせん3』関係者の決意を表しています。
「8. 小山内美江子さんが一番伝えたかった事:『金八先生』入試十日前心得」への1件のフィードバック