2008年は、東京裁判終結60周年にあたりました。当時の麻生太郎政権の人事から、福澤克雄監督『私は貝になりたい』における、反米親ロシア改変に対して、小渕優子・瀬戸口克陽夫妻が、重要な役割を果たしていたと考えられます。また、2人のTBS入社は、TBSビデオ問題が表面化した1996年です。小渕優子・瀬戸口克陽夫妻は「報道のTBS」と「ドラマのTBS」の死を象徴していると考えられます。
小渕優子とTBSビデオ問題

現在、自民党の衆議院議員である小渕優子は、1996年にTBSに入社し、父である小渕恵三が総理大臣になった1998年に退社し、私設秘書となりました。小渕優子が入社した1996年に社会問題となっていたのが、オウム真理教の坂本弁護士一家殺害事件に関係したTBSビデオ問題です。
これは1989年に、TBSのワイドショー『3時にあいましょう』のスタッフが、オウム真理教の幹部に対して、坂本弁護士がオウム真理教を批判するインタビュービデオを放送前に見せたことによって、坂本弁護士一家殺害事件が引き起こされた事に端を発する一連の事件です。
1995年の地下鉄サリン事件の捜査過程で、TBSがオウムに坂本弁護士のビデオを見せたことが捜査関係者に把握され、1995年10月19日から日テレが報道しました。しかし、当初TBSは日テレに抗議文を送るなどして、それを認めませんでした。
1996年3月19日にTBSの大川光行常務が、衆議院法務委員会に参考人招致されました。しかし、国会でもTBSはオウムにビデオを見せた事は否定しました。
ところが3月23日に、坂本弁護士一家殺害の実行犯であるの早川紀代秀元死刑囚の裁判で、「早川メモ」の全容が明らかになり、TBSは言い逃れすることができなくなります。すると、TBSは3月25日に磯崎洋三社長が緊急記者会見を開き、一転してオウムにビデオを見せた事を認めました。
3月28日に大川光行常務が衆議院法務委員会で、これまでの発言を撤回し、4月2, 3日に磯崎洋三社長らが衆議院逓信委員会に参考人招致されました。そして、5月17日に郵政大臣がTBSに対して、文書による厳重注意を行いました。
総務省(旧郵政省)のガイドラインによれば、総務(旧郵政)大臣の文書による厳重注意は、警告についで重い行政指導です。しかし、当時の社会に与えた影響や、5ヶ月以上に渡って言い逃れを繰り返し、事実を認めなかった悪質性を考えると、最も重い郵政大臣の文書による警告の行政指導が行われるべきでした。
小渕優子がTBSに入社したのは、このTBSビデオ問題が表面化していた時期です。小渕優子の父、小渕恵三は、アマチュア無線が趣味のため、放送通信行政に深い関わりがありました。また、1995年頃首相だった村山富市とは交流があり、TBS役員が国会に参考人招致された頃の橋本龍太郎首相は、小渕派に属していました。
これらから、TBSは、ビデオ問題について国会での追及や行政処分を軽くしてもらうために、小渕恵三を頼り、小渕優子のTBS入社はその見返りだったと考えられます。一方で、言い逃れしておきながら、その裏で処分を軽くしてもらう為の政界工作を続けていたと考えられます。そして小渕優子の入社は、TBSは国家権力に借りができ、その後権力に対して厳しい追及ができなくなった事を示します。
磯崎洋三社長が緊急記者会見を開き、オウムに坂本弁護士のビデオを見せていたことを認めた1996年3月25日の夜、NEWS23のキャスター筑紫哲也は「TBSは今日、死んだに等しいと思う」と述べました。
TBSは「報道のTBS」とも「ドラマのTBS」とも呼ばれましたが、筑紫哲也がこの日死んだに等しいと言ったのは「報道のTBS」です。裏で権力者の小渕恵三を頼っていたことによって、この時「報道のTBS」はすでに二度死んでいたのです。
そして、2020年自局のドラマ『カネ恋』の撮影の朝に春馬さんが亡くなったにも関わらず、何の調査も報道も行わない事によって、報道のTBSは三度目の死を迎えました。三浦春馬さんの死の裏で、TBSで起こっていたことについて調査報道しない限り、「報道のTBS」が生き返ることはあり得ません。
小渕優子は「報道のTBS」の死の象徴であると考えられます。
瀬戸口克陽と反米親露プロパガンダ
瀬戸口克陽と小渕優子は、同じ1996年にTBSに入社し、2004年に結婚しています。この時、瀬戸口は小渕姓となっており、「瀬戸口」はワーキングネームです。TBSにおける、瀬戸口の役割はドラマ番組の総責任者として、内容・テイスト・出演者・カラーなどの全決定権を持つプロデューサーで、2020年7月からは編成局長を務めていました。

福澤克雄とは、2003年『砂の器』、2007年『華麗なる一族』(企画)、2008年劇場版『私は貝になりたい』(チーフ)、2010年『99年の愛〜JAPANESE AMERICANS〜』(チーフ)、2020年『半沢直樹』(企画)、2023年『VIVANT』(企画)で関わっています。
また、木村ひさしとは、2016年『99.9-刑事専門弁護士-』、2017年『A LIFE〜愛しき人〜』、2018年『99.9-刑事専門弁護士-2』、2019年『Heaven? 〜ご苦楽レストラン〜』、2021年『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』で関わっています。
瀬戸口克陽のキャリアと小渕優子のキャリアの節目は密接に関係しています。瀬戸口がプロデュースした福澤克雄監督『私は貝になりたい』が公開された2008年の9月24日、小渕優子は麻生太郎内閣で、特命大臣として初入閣しました。
福澤版『私は貝になりたい』は、反米親ロシア感情をあおる改変が行われていますが、その方向を決めたのは、製作に関する全権限を握る、瀬戸口克陽です。つまり、小渕優子の初入閣は、瀬戸口克陽が『私は貝になりたい』に反米親ロシアの改変を行ったことに対する、麻生太郎からのバーターだったと考えられます。
次に、2014年9月4日、第2時安倍晋三改造内閣で、小渕優子は経産大臣に任命されますが、これは安倍晋三の強い要望があったと言われています。しかし、小渕優子は、政治資金規正法違反の疑いのため、10月20日に辞任します。
瀬戸口克陽は、2012年から編成にいましたが、2015年6月にドラマ製作部に復帰します。小渕優子の入閣期間と重なっていないのは、小渕が政治資金規正法違反疑いで辞任していたたためです。
瀬戸口はドラマ製作部に復帰した後、2020年に『カネ恋』演出やインスタで、三浦春馬さん、竹内結子さん、新垣結衣さん、長澤まさみさんらに嫌がらせを行った、木村ひさしに毎年仕事を出しています。
このように見ると、2014年に小渕優子が安倍内閣で経産大臣という重要ポストで入閣したのは、瀬戸口を使って、嫌がらせ工作員である木村ひさしをTBSへ引き込むためだったと考えられます。
2020年7月に瀬戸口は編成局長となっており、7月18日の春馬さん急逝後に『カネ恋』の撮影続行と放送を決断したのは瀬戸口だったと考えられます。また、9月22日『カネ恋』第2話放送直後のNEWS23先見せ映像で元TOKIOの山口さんの逮捕映像が流れたり、11月6日に、安倍晋三と関係の深い当時週刊文春編集長の新谷学がNEWS23にゲスト出演するなどした事にも、編成局長の瀬戸口は関係したでしょう。
また、年末の『ぴったんこカンカン』クリスマススペシャルでは、新垣結衣さんへの激しい嫌がらせが行われました。バラエティ番組に対しても、編成局長であれば、影響力を発揮できます。瀬戸口克陽はTBS社内における、反米親露プロパガンダの中心人物だったと考えられます。
1958年のオリジナルドラマ版『私は貝になりたい』にはじまり、『3年B組金八先生』などの作品で、TBSは「ドラマのTBS」と言われてきました。しかし、それらの作品には、二度と戦争をしないという、平和のプロパガンダが込められていました。
権力と密接に連携し、日本を戦争に巻き込もうとする反米親ロシアプロパガンダを積極的に行う瀬戸口克陽が、編成局長になった事は、「ドラマのTBS」が死んだ事を意味します。
ドラマのTBSは蘇るのか?
2024年6月27日、瀬戸口はTBSホールディングスの社長室、サステナビティ創造センター、法務・コンプライアンス統括室、総務局、人事労政局担当の執行役員になるとともに、TBSテレビの取締役になりました。
https://biz-m.oricon.co.jp/article/5766/
また、2025年1月9日、瀬戸口のTBSホールディングス執行役員としての担当は、TBSグループグローバルビジネス統括 グローバルビジネス局担当となり、TBSテレビ取締役を退任しています。
そして、同年6月27日、TBSホールディングスの法務・人事系執行役員兼TBSテレビ取締役となりました。
https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250109/20250108548027.pdf
これらの人事的動きは、瀬戸口がドラマ製作現場から離れていきつつある事を示し、TBSのドラマを使った、反米親ロシアプロパガンダが行いにくくなっている可能性があります。しかし、ドラマのTBSが蘇るのかについては、製作されるドラマの内容を注意深く、観察する必要があると考えられます。